本記事はUS COMMON機関紙 原文を日本語化するとともに、一部再編集したものとなります。原文をご覧になりたい方は下記よりアクセスしてください。
原文タイトル:Happy 30th Birthday IBM i We Have Come a Long Way (Part 1)
原文著者: LAURA UBELHOR
2018年はIBM i 誕生30周年を祝う記念の年でした。その最後を締めくくる、年末のお楽しみ記事として、IBM i が誕生した30年前を振り返る特別記事をお送りします。
Happy 30th Birthday IBM i
思えば遠くに来たものだ:その進歩の道のり
プレイバック80s パート1
By Laura Ubelhor (Consultech Services, Inc.)
1988年6月21日、IBMはSilver Lakeプロジェクトを通じてAS / 400を発表しました。ミネソタ州ロチェスターのダウンタウンにある湖にちなんで命名されたこのプロジェクトは、多くの興奮と熱意をもって迎えられました。
Silver Lakeプロジェクトの発表以来30年経っているとは信じられません。私たちはその間多くの変化を見てきました。順不同にそれらのいくつかを振り返ってみましょう。
ボックスサイズ
30年前、IBMのミッドレンジシステムは、他のものと同様に、かなりの面積を必要としました。 当時のS / 38は非常に現代的なデザインでしたが、物理的な箱としては今日のものと比較するとかなり大型でした。
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さまざまなサイズの組織に向け多様な構成が提供されていましたが、今日では、より多くの機能が物理的に小さなハードウェア・ユニットに組み込まれています。 ボックスはより小さく、そして劇的に強力になりました。
バックアップ
30年前、バックアップはかなりの試練とも言えるものでした。
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フロッピーディスクがよく使われていました。 8インチディスケットは50トラックで175KBの容量をもち、後に両面ダブル密度で1.2MBを保持するように改良されました。 PCの導入により、5.5インチのフロッピーディスクが登場しました。 80年代後半には、5.25インチフロッピーディスクが登場し、1.44MBの高密度を誇る3.5インチフロッピーディスクへ移行していきました。わかりやすく説明すると、1ギガバイトを保管するのに3.5インチフロッピーディスクであれば711枚必要ということです。
夜間にはオペレーターがシステム・ジョブの監視をしたり、8インチフロッピーディスクを10枚連装できるディスケット・マガジン(マガジン・ホルダーの様に見えることからそのように呼ばれていました)に装填させたりするのが一般的でした。 マガジンがいっぱいになると、システムメッセージが表示され、マガジンの変更を促しました。 ディスケット・マガジンをシステムから取り除き、次の新しいマガジンを装填し、システムメッセージに返答を返す。 大量のデータを保存する組織にとっては、これは長いプロセスでした。
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今日、LTO Ultriumカートリッジは、一般に、ネイティブで1.5テラバイト、または2:1の圧縮で3テラバイトの容量を持つものが一般的に使用されています。 または、カートリッジテープを使用して、Iron Mountain社のような企業からオフサイトストレージのサービスを利用することが一般的です。 BRMSを使用すれば、手動で介入することなく、自動的にカートリッジが交換されます。 そして今や、クラウドのバックアップソリューションが人気を集め、物理的なバックアップデバイスやオンサイトのテープの必要性が排除されつつあります。
組織内外の人々とのコミュニケーション
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Bisync モデムは一般的であり、外界との通信に使用されていました。 このデバイスには、点滅するランプが付いていて、接続して送信するときにビープ音が鳴ります。 彼らの全盛期には、EDIや銀行取引などのデータを外部に送信したり受信したりする素晴らしいソリューションと考えられていました。 設定やトラブルシューティングはなかなか気難しいものでした。 Bisync 通信は最大64 Kb /秒に制限されていました。
その時以来、私たちはコミュニケーションの劇的な変化を経験し、スピードの大幅な向上を経験しました。 市場にはまだいくつかのモデムがあると聞いてきましたが、ここ何年もダイヤルアップモデムが使用されるのを目にしていません。 今日の大部分の人々は、データがあれほど遅いスピードでいったりきたりしているのを待てる程忍耐強くないでしょう。 インターネットの普及により、この世界はより良いものに変わりました。 ほぼどこからでもWi-Fiを使用してインターネットに簡単に接続できます。 もはや、私たちは外部と通信するためにモデムへの有線接続によって縛られてはいないのです。
ドレスコード
私はドレスコードがいかに重要であったかを思い出し、その変化に感謝しています。 30年前は、ITプロフェッショナルとして適切に装い品位を保つことが一般的でした。 女性は スーツ、ローヒール・パンプス、ストッキング、そして白またはクリーム色のブラウスという組み合わせでした。 スカーフで変化を楽しむということも珍しくありませんでした。 以下のイメージは、受け入れられる女性の服装の例です。 私は、IT業界の他の多くの女性と同様に、ドライクリーニングやアイロンがけを頻繁に行う必要がある、似たような服をクローゼットいっぱいに持っていました。
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男性も似たようなものでした。 スーツは、ITプロフェッショナルの予算のかなりの部分を占めました。 プロフェッショナルな服装とは、アイロンのきいたシャツ、保守的なネクタイ、ドレスシューズを意味していました。ここに、時にはベストやサスペンダーが追加されるといった具合です。
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ITプロフェッショナルのワードローブは、快適性、バラエティ、コスト、ケアに関して大幅に変化しました。 男性、女性を問わず、30年前のビジネス向け服装要件に適合するにはかなりの調整が必要でしょう。
オンサイトとリモートワーク
現在、ITプロフェッショナルがリモートで作業することは一般的です。 しかし、30年前、それは論争の的となった話題でした。 さらに、ホームオフィスで働くことは現実的ではありませんでした。
スタッフがオンサイトで作業する必要があることはしばしばありますが、それでも今日ではずっと多くのITプロフェッショナルが部分的であれ遠く離れた場所で作業しています。 テクノロジーの変化は、地球規模で遠隔地からでも働くスタイルに大きな影響を与えました。VPNとWi-Fiがあれば、ほとんどの場所からでも簡単に接続できるのです。
コンサルタントとして、2008年の景気後退の後に大きな変化があったことを目撃しました。
ダウンサイジングの過程で、出張経費の支払いと職場を必要とすることから、企業はオンサイト作業を望まなくなりました。 SkypeやWebExのようなツールを使用することで、企業はオンサイトで実行するのと同じ作業をリモートで行うことができることに気付きました。
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電話会議やオンラインツールを使用することにより、遠隔地からミーティングに参加することもはるかに簡単になりました。 高価な設備や移動/旅行は、プロジェクトの共同作業にもはや必要ではなくなったのです。
携帯電話
電話は常にコミュニケーションのための効果的な方法でした。 ITプロフェッショナルは常にエンドユーザーの横に立つことはできないのです。
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過去30年の間に、私たちは有線のオフィス電話からモバイルテクノロジーに移行しました。 さらに、モバイルデバイスそのものも変化しました。 それは、優雅さのかけらもない高価なデバイスから、あなたと世界をつなぐパワフルでスマートなツールに進化したのです。 私は車の助手席にかなりの量を占めるモバイル機器を購入するためにひと財産費やし、さらに高額な月額料金も支払っていたことを思い出しました。 しかし、それは非常に有用であることが証明された大きな進歩でした。特に交通の通勤や旅行中に誰かとつながる必要がありました。 現在、ほとんどの人が携帯電話を持っています。
タイプライター
タイプされた紙の文書が標準であった時がありました。 しかし、今やベビーブーマーより後の世代はがタイプライターを見たり触れたりしたことがないのではないかと疑っています。IBMのセレクトリック(Selectric)タイプライターが人気を博していた時代を振り返ってみましょう。私自身も1つ所有していました。 それは、フォントやインクリボンの変更ができる特徴を持っていました。タイプミスをした場合、ホワイトで修正もできました。
昔は、多くの文書をタイプ入力するアドミのアシスタントと秘書が組織に所属していました。そして多くの企業では、作成された文書を配布する郵便室がありました。
私たちは、ビジネスコミュニケーションとしてのタイピングと郵便サービスの利用から、長い道のりを歩んできました。 電子メール、PDFおよびその他の技術によって、タイプライターを使用することはもはや現実的ではありません。 今日のワープロソフトウェアは、スペルチェック、複数のフォント、画像を提供しています。タイプライターはできない技術です。 今日の組織が、通信するためにタイプされた紙文書に頼らざるを得ない姿は想像もできません。 我々は 、迅速かつ即時の通信にならされてしまったのです。
Twinax
30年前は、全てのものがハードワイヤード:物理結線されていました。 Twinax、デバイス間のハードワイヤ接続を提供するために使用されるケーブル配線、がすべてを支配していました。 新しいユーザーがシステムに接続する必要がある場合や、建物内の別の場所に移動する必要がある場合は、端末からコントローラーにケーブルを接続する必要がありました。
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端末を接続するのに、何マイル分ものTwinaxケーブルを使用しました。Twinax は、ケーブルを端末に接続するためにオスとメスのアダプタを備えたコネクタが必要でした。 圧着工具を使用してコネクタをケーブルに挟み込み、しばしばケーブルをワイヤに引き剥がして接続するためのストリッパも使われました。
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コンサルタントとして、私は長年にわたり多くの顧客を訪問する機会を得ました。 Twinax を使用してエンドユーザの端末をシステムに接続した経験もあります。 私の専門分野はハードウェアと接続性ではないのですが、必要に迫られ、ケーブルを顧客に持ち込んだこともあります。 そのため、私は、コネクタとピンを入れる大きなハンドバッグを持ち歩いてしましたし、自分用のMYクリンパーさえ持っていました。
今日のワイヤレス技術では、ほとんどのケーブル接続が姿を消してしまいました。 振り返ってみると、ユーザーをシステムに接続するためにどれだけ大量のケーブルが使用されてきたことでしょう。 一歩戻って、これを少し考えてください。 時間がどのように変化したかは驚くべきことです。
ダム端末
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ダム端末は、メインコンピュータシステムに接続するためのデバイスとして広く一般的に使用されていました。 ダム端末は、大型で厄介なモニターとキーボードから構成されていました。 端末はケーブルで接続されます~ケーブルなしでは接続できないのです。それはポータブルとは程遠く、ラップトップのバッグにさえうまく収まりませんでした。画面に表示されるのも限られた色のみ。みなさん、グリーン・スクリーンの青を覚えていますよね?
スプレッドシート(表計算)ソフトウェア
ITキャリアを持つほとんどの人は、スプレッドシートを利用しています。 私は全盛期にロータス1-2-3がどんなにエキサイティングであったかを思い出しています。 それは財務部門が欲しがっていた機能を提供し、システムユーザーに分析、計算などの自由を提供しました。 Lotus 1-2-3は80年代から90年代までの業界スタンダードでした。 その後Excelにより置き換えられ、長きにもわたりツールが劇的に変化した例と言えるでしょう。
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間違いなくスプレッドシートは、システムユーザーに広範な機能を提供し続けています。 Lotus 1-2-3は当時としては堅牢な機能を備えていましたが、今日のExcelの機能や機能にとってかわられました。 私たちは、今でも小さな列と行の形式でシステムユーザーに対しデータを提供し、エンドユーザーにはデータの活用方法の自由を提供しているのです。
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80年代思い出の小径の散歩はいかがでしたか?私たちは長い道のりを歩んできました。温故知新という言葉がありますが、過去を振り返ることは現在私たちがどこにいるのかを知るための足がかりになったかと思います。明日が何をもたらすかについて考えることは、私たちが過去30年間行ってきた旅のようにエキサイティングです。
30年経っても変わらなかったことは、強くて忠実なコミュニティです。このすばらしいコミュニティを維持しながら、次の30年も大いなる飛躍と改善を期待しましょう。